余紹宋 よ・しょうそう
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南士は管要(=簡単で要領を得て)清に通じ、北人の淵綜は広博(=学識が広い)なり。 | |
世説新語 | ||
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江右(=揚子江下流)は宮商(=ばらばら)で発越(=飛散)しており、 河朔(=黄河の下流)は詞義で堅剛(=確り)してる。 |
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北史文苑伝序 | ||
22p×172p聨 |
光緒9年(1883)生〜民国38年(1949)歿 製作年 1933年(51歳) |
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字は越園、広東省龍漉の人。日本法政大学卒業、北京政府司法部秘書、浙江省立法政学校教務長、司法官試験委員、法典総纂同長等に歴任して久しく司法界にあったが、晩年官界を退いて北京美術学校教授となる。また北京から杭州に帰ってからは、画および画学の研究に專心していた。 その著『画法要録』17巻(民国19年中華書局出版)はかつて北京で編印して中国画学の為に忠実考証の法を創始したものとしてすこぶる好評を博したが、かれは更にその不満の点を補訂して再び中華書局よりその補訂本を印行した。他に『書画録解題』」(民国21年北平図書館刊本)6冊、『龍游県志』の著もある。 |