四竈 訥治 しかま とつじ
   

月窟龍孫四百蹄
驕驤軽歩應金鞄
曲終似要君王寵
回望赤楼不敢嘶
陸亀蒙『舞馬』(『全唐詩』より)
144p×40p

嘉永7年3月12日(新暦 1854年4月9日)生〜昭和3(1928)年7月9日歿
 江戸の人で、名は訥治、号を訥堂と称し、明治を代表する近代邦楽の作詞・作曲家である。琵琶曲の「石童丸」は彼の作詞に係り、また邦楽器の製作に於いても、明治25年に「遷華琶」を、42年には「天爵」などを発表している。更に『音楽雑誌』(1890〜1898)では、1号から雑誌の大部分を執筆して、音楽の啓蒙活動に尽力している。

 また、日本にマンドリンが伝えられたのは、1894年四竈訥治がイギリス人にマンドリンを贈られ演奏したのが最初といわれている。
6女の四竈清子は1956年春「杉並マンドリン・アンサンブル」に入会。「四竈マンドリン研究所」を開設し10人ほどの生徒がいた。大変優しく、愉快な人であった半面、マンドリンにはヒステリックなほど厳しかったという。四竈清子が愛用したマンドリンはラファエレ・カラーチェが彼女のために作った楽器である。

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