長 三洲 ちょう さんしゅう
   

   古代銅器什物図

石貓和尚來示蒲生君平所作日本銘鈴図。古気滿幅、賞観不能禁。乃借留累月、遂臨以製此本。倶君平作丹青之人、其冩意、或逸規矩事、之不改之者、所以求眞。于其人也。

石貓和尚が来示した(=言ってきた)蒲生君平所作(=作成)の日本銘鈴図。
古気幅に満ち、賞め観ること禁ずるは不能なり。
(すなわ)ち累月(=幾月も続いて)も借り留め
遂に臨し以って此の本を製す
君平は丹青(=絵画)の人と作(な)すを倶(そな)える。
其の写意(=対象の外形よりも、対象の大意・精神を表現しようとする)或いは規矩(=コンパスと指金)を逸する事、
之れを改めざるは、これ真を求める所以(ゆえん=理由)なり。
(ああ)其の人なり。
28.5p×121p





天保4年9月23日(新暦 1833年11月4日)生〜明冶28年(1895)3月13日歿
 勤王家。広瀬淡窓の門人。名は炗(ひかる)、字は世章、号を三洲・蝶生・韻華・秋史・紅雪などと号す。詩・書・画ともに絶妙の域に達し、とくに書名はもっとも高かった。その書は二王と顔真卿・蘇東坡を尊び、力強くきちんと整い、しかも堂々として重厚な書風と称される。
 「三洲長莢」の下に、白文の「長」、朱文の「莢」の落款印が押されている。

推奨サイト
http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/T/chou_s.html
http://iris.hita.net/~city/his/cyo3syu.htm
http://fine-vn.com/cat_34/ent_28.html


尾洲海東郡木田村(愛知県(尾張国にあった郡)某氏所蔵

河州錦部(大阪府(河内国)にあった郡)祠谷金剛寺什物
総州(千葉県(下総国) にあった郡)閨准邦貞元邦出於貞元親王之古墳
河州錦部(大阪府(河内国)にあった郡)邦祠谷金剛寺什物
玉州埼玉郡(埼玉県(武蔵国)にあった郡)清水村民所穽出


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