銀雀山前漢墓竹簡

(B.C.180頃臏)
27.5p×20本

 1972年4月、山東省臨沂市銀雀山前漢墓葬の一号墓(西漢後期に属す)から4992枚もの先秦時代の兵書の竹簡が出土しました。その多くは《孫子兵法》と《孫臏兵法》で、特に《孫臏兵法》は世に伝わらない佚書です。
 孫臏の事跡は『史記』巻六十五『孫子呉起列伝』に記載があり、馬陵の戦で活躍した戦国時代の斉国の軍師です。馬陵の戦いとは、魏が韓を攻撃し、韓から斉に救援を依頼。斉が出陣すると、魏は本国へ引き返す。そこで斉軍も引き返す。  これに対し、魏軍は撤退する斉軍を追撃し、竈の跡の日々の減少から斉軍は逃亡兵多く組みし易と見て、歩兵を捨て騎兵で追撃することにした。そして馬陵にいたる。両側は小高い丘。はっと気付いた時、両側から弓の攻撃。待ち伏せしていた斉軍によって全滅。という戦いです。
 『孫臏兵法』は別名『斉孫子』で、おおよそ戦国中期に書かれ、『漢書』「芸文志」は「『斉孫子』八十九篇、図四巻」と書き記しています。その後、その書は失われ、『隋志』「経籍史」になると記載されていません。
 ここにおいて疑問が多く生じ、孫臏こそが孫子だと言われたり、『孫臏兵法』こそが『孫子兵法』だと言われたりしました。
臨沂銀雀一号墓竹簡の発見は千年の疑惑を一気に解消し、解けなかった謎を判明させました。もともと孫武は孫臏の祖先で、『孫子兵法』と『孫臏兵法』は二冊の独自の体系をもった兵書です。この発見は国際的にも世間を騒がす反響をもたらしました。
 新発見の『孫臏兵法』の竹簡は全部で364枚で、11000字以上あり、上下両編に分かれ、それぞれ十五篇からなっています。上編は孫臏の言葉と関連事項を記述しています。下編の内容は疑点がとても多く、各篇の文体は同じではなく、孫臏一人が同じ時期に書いたものらしくなく、その弟子が書き足した可能性があります。1985年、銀雀山漢墓竹簡整理小組は『銀雀山漢墓竹簡[壱]・孫臏兵法』を改訂するとき、慎重を期するために、下編全部を第二集『佚書叢残』に移し入れ、しかも『五教法』一篇を増補しました。改訂竹簡『孫臏兵法』は十六篇、222本の竹簡、4891字となりました。竹簡に欠落があり、解釈を深める必要があるものの、孫臏の兵法の要点を基本的に反映しています。
 
【釈文】『孫子兵法』始計編
 始計篇(計篇)とは戦いを始める前にしなければならないことや計略の基本のことです。戦争は国家の一大事なので、慎重に敵との能力差を比較検討して、勝算が有るか無いかを検討することを説いています。

孫子曰、兵者、國之大事、死生之地、存亡之道、不可不察也。
 孫先生がこう説く。戦争とは、国家の重大事であり、国民国家の生死、存亡に深く関わる行動です。それを心得、計画をたてるべきです。

故經之以五事、校之以計、而索其情。一曰道、二曰天、三曰地、四曰將、五曰法。道者、令民與上同意、可與之死、可與之生、而不畏危也。天者、陰陽・寒暑・時制也。地者、遠近・險易・廣狹・死生也。將者、智・信・仁・勇・嚴也。法者、曲制・官道・主用也。凡此五者、將莫不聞、知之者勝、不知者不勝。
 それには、次の五つでもって、自他を比較することです。それは道、天、地、将、法の五つです。道とは、国民と君主との心を一つにさせる事物を指し、これがあれば危険を恐れず、行動を共にします。天とは、昼夜や季節などの、その時おかれている場や情況です。地とは、距離の遠近、地勢の険阻、地域の広さ、地形の有利不利などの、地形、空間的条件です。将とは、智謀、信義、仁慈、勇気、威厳などの将の能力を指します。法とは、編成、職責分担、物資などの組織管理に関する事です。これら五つは、将なら他から聞かずとも漠然と頭のなかにある事柄ですが、よく心得ている者は成功し、理解が浅い者は失敗します。

故校之以計、而索其情。曰、主孰有道、將孰有能、天地孰得、法令孰行、兵衆孰強、士卒孰練、賞罰孰明、吾以此知勝負矣
 上に合わせ比較の具体例を挙げました。次の七つの事柄でもって、自他を比較します。君主はどちらが真っ当な政治をしているか。将帥はどちらが有能か。おかれている場、情況(天)や地形、空間的条件(地)はどちらが有利にあるか。法令はどちらが上手く機能しているか。軍隊はどちらが精強か。兵卒はどちらが良く訓練されているか。賞罰はどちらが公正に行われているか。私は以上のような事柄を比較検討することで、事の成否の見通しをつけます。

將聽吾計、用之必勝、留之。將不聽吾計、用之必敗、去之。
 将がもし私の説くもの、謀を受け入れ実行するなら、事は成りましょう。それなら留めましょう。将がもし私の説くもの、謀を拒否するのであるなら、事は成らないでしょう。それなら去らせましょう。

計利以聽、乃爲之勢、以佐其外。勢者、因利而制權也。
 前に述べた事柄を考慮して計画を立て、こちらが有利だった場合、つぎにするべきことは、勢を把握して、条件を補強することです。勢とは、利に応じ行動を制御することです。

兵者、詭道也。故能而示之不能、用而示之不用、近而示之遠、遠而示之近。利而誘之、亂而取之、實而備之、強而避之、怒而撓之、卑而驕之、佚而勞之、親而離之。攻其無備、出其不意。此兵家之勝、不可先傳也。
 戦争とは、だます事、相手の裏を欠く事です。例えますれば、有能を隠し不能を装ったり、必要なのに不必要に見せたり、近づくとみせて遠ざかり、遠ざかると見せて近づく。利で誘い混乱させて崩したり、充実している相手に対しては退いて備えを固め、強力な相手に対しては争いを避けたり、挑発して疲れさせ、卑屈な態度をとって驕り高ぶらせたり、休養充分な相手には働かせ、相手の親しい間柄を裂く。隙を見つけて攻撃し、相手の意表をつく。このような身のこなしが争いに勝つ秘訣です。しかしながら、例は例であり、実用の際はそっくりそのまま当てはまるとは限りません。(これが戦うためのコツです。相手の出方もありますし、事前にあらかじめこれと決めては掛かれない事柄なのでありますという意訳もあり。)

夫未戰而廟算勝者、得算多也。未戰而廟算不勝者、得算少也。多算勝、少算不勝、而況於無算乎。吾以此觀之、勝負見矣。
 事前の計画で成功の見通しが立つということは、好条件が整っているということです。事前の計画で成功の見通しが立たないということは、条件が充分整っていないということです。条件が整っていれば事は成り、整っていなければ失敗します。条件が全く無ければ問題外です。このような観点に立つなら、戦わずして事の成否の見通しが立つことでしょう。


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