吉野 左衛門 よしの さえもん
   

よき人に さしむけ
傘や 花あやめ
32.6p×23.5p

明治12年(1879)2月10日生〜大正9(1920)年1月22日歿
 俳人。本名は太左衛門、初号は太朗。東京府北多摩郡三鷹村に生まれる。明治33年(1900)東京専門学校(現:早稲田大学)政治科卒業。明治28年(1895)子規門に入り国民新聞俳壇の選者をつとめる。虚子は吉野左衛門の勧めで、明治41年秋から明治43年秋にかけて、一時国民新聞社へ入ったのが本格的に小説に身を傾けていくことになったきっかけとなった。国民新聞に文学欄を新設した。
 大正5年頃に虚子・百穂・石鼎・青峰らと共にホトトギスグループの一支柱であり、9年に最晩年の「病間句録」「病床日記」が『ホトトギス』に連載されている。即景、即事の速吟、多作であった。著書に句文集『栗の花』『左衛門句集』がある。
 国民新聞社・京城日報社々長。大正9年、42才にして胃ガンで歿した。
 「左衛門」の下に、朱文竹根印の「左衛門」の落款印が押されている。

推奨サイト
http://fine-vn.com/cat_52/ent_70.html
http://www.shibunkaku.co.jp/biography/search_biography_aiu.php?key=yo&s=60


参考文献一覧      HOME