大橋 陶庵 おおはし とうあん
   

歸雲思返醉幽亭
灎麗紅裙月半庭
滿地苔氈青一色
絃歌玅舞燦流星
嵐山小直菴一亭所挂匾額歸雲二字
係宗中居士揮毫起句及也矣
帰雲思い返す 幽亭に酔うを
艶麗(=あでやかで美しい)紅裙 月半ばの庭
満地の苔氈 青一色
絃歌(=三味線の歌)妙舞(=美しく上手な踊り) 流星燦(あき=あざやかで美しい)らかなり
  嵐山の小直菴という一亭に所挂の 宗中居士揮毫の帰雲二字の扁額を
  起句に係るに及ぶ也矣
141.6p×29.3p

天保8年9月10日(新暦 1837年10月9日)生〜明治15(1882)年8月6日歿
 幕末・明治の儒者。本姓は河田、名は正Z、字は仲載、通称はZ次。河田興の二男として生まれ、文久2年養父大橋訥庵の養子となる。詩書を能くした。勤王の志厚く、大橋訥庵の坂下門の義挙に連座し幽獄される。維新後、大学教授となり、家塾を開いて子弟を薫育する。
 引首印は朱文の「養雲樓」、「壽山叟」の下に、「横竹主人」の落款印が押されている。

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