渡辺 小華 わたなべ しょうか
   

花鳥図
最大横45.3p

天保6年(1835)生〜明治20年(1887)歿
 渡辺崋山の二男として江戸麹町(現在の東京都千代田区隼町)田原藩邸に生まれた。名は諧、字は韶卿、通称を舜治。崋山が田原池ノ原の地で亡くなった時にはわずかに7歳だった。その後、弘化4年(1847)13歳の時、田原から江戸に出て、父の門人椿椿山の画塾琢華堂に入門し、椿山の指導により、花鳥画の技法を習得した。嘉永4年(1851)、江戸田原藩邸で世子三宅康寧のお伽役として絵画の相手を命じられた。
嘉永7年、絵の師椿山が亡くなると、福田半江に教えを受けた。また歴史を大橋訥庵に、詩文を関根痴堂に学んだ。安政3年(1856)、江戸在勤の長兄立が25歳で亡くなったため、22歳で渡辺家の家督を相続し、30歳で田原藩の家老職、廃藩後は参事の要職を勤めた。
 明治維新後、田原藩務が一段落すると、田原・豊橋で画家としての地歩を築き上げた。第1回内国勧業博覧会(明治10年)、第1回内国絵画共進会(同15年)に出品受賞した。この時期を小華の百花園時代と呼び、身近な草花の写生に基礎をおいて数多くの質・量ともに優れた作品を残している。
 明治15年(1882)上京し、中央画壇での地位を確立する。花鳥画には、独自の世界を築き、宮内庁(明治宮殿)に杉戸絵を残すなど、東三河や遠州の作家に大きな影響を与えた。
 「小華」の左に、朱文の「小華」の落款印が押されている。

推奨サイト
http://www.taharamuseum.gr.jp/exhibition/ex071006/index.html
http://www.toyohaku.gr.jp/bihaku/sokazu.htm
http://72.14.235.104/search?q=cache:DCILJ3NDmPEJ:www.shibunkaku.co.jp/biography/search_biography_aiu.php%3Fkey%3Dwa%26s%3D20+%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E5%B0%8F%E8%8F%AF&hl=ja&ct=clnk&cd=5&gl=jp&lr=lang_ja
http://72.14.235.104/search?q=cache:uHilTWFyppYJ:www2.city.atsugi.kanagawa.jp/broadband/book/kindaishiwa/page_12678.html+%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E5%B0%8F%E8%8F%AF&hl=ja&ct=clnk&cd=10&gl=jp&lr=lang_ja


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