鱸 松塘 すずき しょうとう
   

客路回顧迹已遙
越山仰水夢迢々
孤舟今夜砲洲畔
又掩踈蓬聴海潮
鐵砲洲夜泊詩
客路(=旅路)回顧 迹已でに遙かなり
越山 水を仰いで 夢迢々
孤舟 今夜 砲洲の畔
又 踈蓬(=よもぎ)を掩って 海潮を聴く
 鉄砲洲(=現在の中央区築地周辺)夜泊詩
135p×19.5p

文政6年(1823) 12月生〜明治31(1898)年12月24日歿
 安房国(千葉県)安房郡国府村谷向に生まれた。本姓は鈴木氏、名は元邦、字は彦之、松塘と号し、別に東洋釣史・晴耕雨読斎・十髯双堂・懐人書屋とも号した。
 家は代々名主をつとめ、父の道順は希秦と号し、眼科医として知られる。
 幼時より平郡元名村の名主岩崎泰助の蘭園書屋という塾に通って儒学を修め、秀才の誉れ高かった。詩才も若くから顕れ、天保9年(1838) 梁川星巌の弟子の大沼枕山が房州に遊び、鈴木家を訪れた時、互いに詩を賦している。翌年、江戸 玉池吟社の門を叩き、詩を学び、枕山・小野湖山と共に梁川星巌門下の三高弟といわれるほど優れた才能を発揮した。
 以後、江戸と故郷を往来した。旅を好み、各地を歩き、詩作した。その旅の中で生まれた「芳野懐古」は特に有名である。芳野地方の旅の後、一時、京の鴨川のほとりに居を構えていた星巌の隣に住み、頼三樹三郎とも交わった。その後、明治3年(1870) 東京浅草向柳原に居を構え、七曲吟社という詩社をつくり、詩作を教授した。明治15年からは全国に散在する弟子たちに巡回指導を行い、明治30年には故郷の那古町に帰り、その別荘を松塘園と称し、そこに住んだ。
 その詩風は絵画的で都会風のきらびやかさがあった。生涯三千余首に及ぶ作品が有る。
 「松塘老人鱸元邦」の下に、白文の「彦之」の落款印と朱文の「落花水面皆文章」が押されている。

推奨サイト
http://www.daito.ac.jp/~oukodou/gallery/pic-780.html
http://www.marute.co.jp/~hiroaki/kansi_syuu/sakusya-06.htm
http://spysee.jp/%E9%B1%B8%E6%9D%BE%E5%A1%98
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/search.php?cndbn=%E9%E7+%8F%BC%93%84


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