柴 秋邨 しば しゅうそん
   

浮家任我意 何用小車巾
椶笠遮長夏 松醪酌古春
奇巌蹲似虎 老鸛咳疑人
遡到泉源處 餘酣水味新
浮家 我意に任し 何に用いる小車の巾
(=棕)笠 長夏を遮り 松醪 古春を酌む
奇巌蹲まって虎に似たり 老鸛咳して人かと疑う
遡って到たる泉源の所 酣を余して水味新し
129.4p×44.3p

文政13年(1830)生〜明治4(1871)年3月18日歿
制作年 安政6年(1859) 30歳
 徳島城下紀伊国町(現 元町)の人。幼名は卯吉、字は緑野、初号は繭山、後に秋邨と号し、別号に東野・帰樸・秋孫、堂号に吹万洞・風香草堂等がある。通称は新蔵・六郎、名は惟卯・?。太物商阿賀屋清左額門の子。4歳の時父に死別し、8歳で丁稚奉公に入ったが、医師河野弘(海門)に見出され門弟となった。その後、新居水竹に儒学を学んだ。16歳に上京し、大沼枕山・広瀬旭荘・緒方洪庵などに学んだ後、宿願の威宜園に入り塾生の取締役ともなった。
 詩に長じ、書に優れると共に、画も能くした。酒を好み、酔余の作品が多い。大阪で開塾した後、文久元年郷里に帰り思済塾を開いた。藩の儒官・文学教授役に就任したが、庚午事変(稲田騒動)に同調したことで処分を受け、悲嘆痛飲のうち、病に罹り没した。
 「莘」の下に、白文の「柴莘之印」、朱文の「緑野氏」の落款印が押されている。

推奨サイト
http://www.daito.ac.jp/~oukodou/gallery/pic-629.html
http://www.bungakushodo.jp/04search/shodo.htm
http://www.shibunkaku.co.jp/biography/search_biography_aiu.php?key=si&s=40
http://kyouiku-insatsu.co.jp/book38.html


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