草場 船山 くさば せんざん
   

稲生祠畔酒旗颺
嫋々歌聲隔緑楊
多少旅人醉呉去
辭香不韓祭先皇
稲 生じる祠畔 酒旗 颺(あ)がる
嫋々(=しなやかな)たる歌声 緑楊(=柳) 隔つ
多少(=多く)の旅人 酔って呉(=くれ)に去る
香を辞(わきま)え韓(=中国)に不らず 先皇(=前の天皇)を祭る
138p×33p

文政2年(1819)生〜明治20年(1887)歿  
 肥前の儒者草場佩川の子で、名は廉、字は立大、号を船山と称した。父に就いて家学を修め、江戸に出て昌平黌の古賀侗庵に学び、また篠崎小竹や梁川星巌らからも学び、帰郷後は郷校多久聖堂で教え、更に対馬藩の学頭となった儒者である。
 「船山廉」の下に、白文の「草場廉印」、白文の「草場立大」の落款印が押されている。

推奨サイト
http://www2.saganet.ne.jp/ko-si/kenjin/kenjintati.htm
http://www.dap.ndl.go.jp/home/modules/dasearch/dirsearch.php?id=oai%3Akindai.ndl.go.jp%3A40011535-00000&cc=02_00_09&keyword=&and_or=AND
http://www.amazon.co.jp/%E8%8D%89%E5%A0%B4%E8%88%B9%E5%B1%B1%E6%97%A5%E8%A8%98-%E8%8D%89%E5%A0%B4-%E8%88%B9%E5%B1%B1/dp/4830512024


参考文献一覧      HOME