桜井 梅室 さくらい ばいしつ
   

   やとり木の
     桃もみとせの
        若葉かな
  宿り木の
     桃も三年の
        若葉かな
101p×28p

明和6年(1769)生〜嘉永5年10月1日(新暦1852年11月12日)歿
 名は能充。俳号は初め雪雄、素信又は素心、後に梅室と改め通称とした。方圓斎、陸々等の別号がある。金沢の人、父祖代々加賀藩の刀研師で、桜井新九郎の子。
 16歳にして俳諧に志し、槐庵馬来・高桑闌更に師事した。文化4年、家職を弟子に譲り、京に上って俳諧をもって世に知られるに至った。文政から天保にかけては江戸にて活躍。江戸滞留10余年の後、金沢に帰省したが、再び京に上り、嘉永4年には、二条家から花の下宗匠の許しを得た。俳名もいよいよ高く「天保の三大家」と称された。『平安人物誌』(嘉永5年版)文雅の部に掲載されている。
 著に『梅室家集』『方円俳諧集』等がある。
 84歳で京都に没し、京都北本禅寺に葬られたが、生まれ故郷である金沢に分骨され、慶覚寺に墓が建立された。
 「梅室老人」の下に、朱文の「陸々○○」の落款印が押されている。

推奨サイト
http://www3.ocn.ne.jp/~shoonen/baishitsukiindex.html
http://tois.nichibun.ac.jp/hsis/heian-jinbutsushi/jinbutsu/12967/info.html
http://www.shibunkaku.co.jp/biography/search_biography_aiu.php?key=sa&s=80
http://www.kosho.or.jp/servlet/bookselect.Kihon_result
http://www3.ocn.ne.jp/~shoonen/konjaku02.html
http://cute.to/~tokusabu/basyou02.htm
http://www.chita-core.initiative.jp/chita/page/handa_kuhi_sakurai.htm
http://marici.tv/gohonmatsu/kuhi/k_002.htm
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