小田 海僊 おだ かいせん
   

雲雀上人図
芭蕉『笈の小文』に「雲雀より空にやすらふ峠かな」(のどかな春の峠の上で休んでいると、下の方で雲雀の声が聞こえる。空高くさえずる雲雀よりはるか上に、いま自分はいる)という句がある。
そんなことをイメージして題名を付けました。
126.2p×27.4p

天明5年(1785)生〜文久2年閏8月24日(新暦1862年10月17日)歿
 江戸時代後期の画家。名は瀛、字は巨海、通称は良平、百谷・海僊・百殻・南豊と号した。長州赤間関(山口県下関市)の人。長府藩に招かれ江戸詰となる。上京して四条派松村呉春の門に入り、同門の松村景文・岡本豊彦と名声を争った。浦上春琴・田能村竹田らと交わる。
 のち頼山陽に教えを受けて南画に転向、中国元明時代の古画を研究するかたわら、九州に赴き独自の南画風を確立した。清潔な作風に特色があり、山水、花鳥、特に人物が得意で、『人物十八描法』などの著書もある。また、高野山や京都御所の障壁画という後世に残る大事業も手がけた。晩年は京都で在京文人画家の代表といわれた。弟子に大庭学僊・羽様西崖らがいる。
 「海僊寫」の下に、白文下駄判の「王瀛」「巨海」の落款印が押されている。

推奨サイト
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E7%94%B0%E6%B5%B7%E5%83%8A
http://c10wnyo2.securesites.net/olg/shosai.php?no=N18003907&previous=N700053413&next=N15006010
http://wp1.fuchu.jp/~sei-dou/jinmeiroku/oda-kaisen/oda-kaisen.htm
http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/%BE%AE%C5%C4%B3%A4%D1%A2/detail.html?LINK=1&kind=epedia
http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/kyoiku/shidoka/hurusato/www00/j1_kais0.htm
http://www.ton21.ne.jp/main.asp?fl=show&target=3&id=1000091847&clc=1000000039&cmc=1000007869&cli=1000000633&cmi=1000001122


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