中原 南天棒 なかはら なんてんぼう
   

満船明月載得歸
『五燈会元』(巻五27丁)の句
『五燈会元』=中国の南宋時代に成立した禅宗の灯史(歴史書)
133.0p×29.7p

天保10年(1839)生〜大正14年(1935)歿
 臨済宗の僧。肥前唐津(現佐賀県唐津市)に生まれる。名は全忠、字はケ州、号を南天棒・白崖窟などと称し、自ら切り出した南天の棒を愛用したことから、南天棒の別号で知られる。
 11才で平戸雄香寺に入ったのち、隠山・卓州両派下の二十四人の元で修行。筑前久留米の梅林寺、羅山元磨に嗣法。混乱する瑞巌寺建て直しのため、本山妙心寺長老会議で特命派遣され、明治24年瑞巌寺124世となる。財政の立て直し、寺宝の整理・修理を押し進めるも、末寺の反発を招き、さらに伊達政宗木像破損事件のため、明治29年仙台大梅寺、白石傑山寺を経て兵庫県西宮海清寺に移る。
 乃木稀典、児玉源太郎らも参禅した。瑞巌寺に伝わる多くの書画を修理し今に残した。
 「八十六翁南天棒書」の下に、白文の「白崖窟」、朱文の「ケ州」の落款印が押されている。

推奨サイト
http://hyousou.hp.infoseek.co.jp/seibido-2_011.htm
http://www.daito.ac.jp/~oukodou/gallery/pic-1506.html
http://www.shogaya.com/html/nakahara-nantenbo551.htm


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