三好 芳石 みよし ほうせき
   

看華對酒無餘事
論史搜○有古香
癸丑夏日
華を看 酒に対して 余事無し
史を論じ ○を捜して 古香有り
  大正2年(1913)夏日
139p×34.5p

弘化元年(1844)生〜大正11年(1922) 10月歿
制作年 大正2年(1913) 69歳
 三好芳石は相模国(神奈川県)中郡神田村に藤本松山の二男として生まれた。名は直澄、通称は箭造、号を芳石と称した。父が書に志して彦根藩士太田統興に就いたが若死にしたため、祖父が孫の芳石にその志を託して太田氏を招いて学ばせた。
 明治8年(1876)33歳の時、新興都市横浜に居を移し、寿町第二街で書塾(三好学校)を設立。以後15年間で700名以上を育成した。また女学校を設立したほか孤児教育や武士道奨励のため撃剣道場を創設するなど幅広い教育上の功績があった。明治25年に横浜に来住した市河得庵と共に“金港の双璧”と称された。
 「芳石六十九老人」の下に、朱文の「芳石之印」、白文の「三好直澄」の落款印が押されている。

推奨サイト
http://www.daito.ac.jp/~oukodou/gallery/pic-784.html
http://72.14.235.104/search?q=cache:nUtUfnpiiIQJ:www1.ocn.ne.jp/~go79dou/ibun25.html+%E4%B8%89%E5%A5%BD%E8%8A%B3%E7%9F%B3&hl=ja&ct=clnk&cd=4&gl=jp&lr=lang_ja


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