阪井 久良伎 さかい くらき
   

客人之 宿将為野尓 霜降者
吾子羽褁 天乃鶴群
旅人(たびびと)の 宿りせむ野に 霜降らば
我が子羽(は)ぐくめ 天(あま)の鶴群(たづむら) (作者未詳)『万葉集』巻9-1791
131.2p×32.1p

明治2年1月24日(新暦 1869年3月6日)生〜昭和20年(1945)4月3日歿
 本名は坂井辨(わかち)、幼名は和歌次郎、久良岐(昭和4年頃以降 久良伎)・石城(漢詩)・徒然坊(和歌)・窺雲斎・玉骨庵・へなづち・富士見の里人・錦粧軒・継古庵などと号した。狂句否定と古川柳への回帰を訴え、明治の川柳改革を推進した。昭和3年から昭和20年心臓喘息で逝去するまで千葉県市川市真間に僑居した。「真間隠士」の号は真間僑居を期に使用されたようだ。
 引首印は主文の「久良伎」、「真間隠士臨」の下に、白文の「坂井辨印」の落款印が押されている。

推奨サイト
http://www.doctor-senryu.com/01_museum/Kuraki.html
http://www.doctor-senryu.com/01_museum/kuraki-kuhi.html
http://www.senryu-gakkai.com/pdf_file/k002%20kuraki.pdf
http://home.att.ne.jp/grape/take3/z8i3amvf/575/0/kuraki_c.html
http://www.n-fmellow.org/kahitokuhi/kuraki.html
http://www.city.ichikawa.chiba.jp/bunka/bunpla/05syowa/senryu.htm


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