風間 直得 かざま なおえ
   

 於 相模川上流 鮎 銀鱗(セガヘ)しの澤(フカ)きにもりを 旅心(イコヒ) 投げ土(ウチクレ)
136.4p×32.3p

明治30年(1897) 7月7日生〜没年不詳
製作年 昭和10年(1935) 39歳
 俳人・洋画家。東京日本橋浜町生れ。昭和初期に漢語にフリガナを振るルビ俳句を試作した。
 「直得」の下に、朱文の「得」の落款印が押されている。

 碧梧桐と虚子は子規門下の双璧と謳われたが、守旧派として伝統的な五七五調を擁護する虚子と激しく対立していた。新傾向俳句から更に進んだ定型や季題にとらわれず生活感情を自由に詠い込む自由律俳句誌『層雲』を主宰する荻原井泉水と行動を共にした。しかし、大正4年(1915年)には井泉水と意見を異にし、層雲を去っている。碧梧桐はその年の3月、俳誌『海紅』を主宰。更にこれも中塚一碧楼に譲る。昭和初期に風間直得が漢語にフリガナ(ルビ)を振るルビ俳句を試作、これに賛同した碧梧桐もこれを作るようになるが、これはあまり支持をえなかったようだ。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)


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