市川 塔南 いちかわ とうなん
   

人間万事塞翁馬
  人間万事塞翁が馬
「人間万事塞翁が馬」とは、【淮南子・人間訓】の故事にあるように、「城塞に住む老人の馬がもたらした運命は、福から禍へ、また禍から福へと人生に変化をもたらした。まったく禍福というのは予測できないものである。」の意。「人間」とは世間、「塞翁」とは、城塞に住んでいる翁(老人)。

【淮南子・人間訓】の故事
近塞上之人、有善術者。馬無故亡而入胡。人皆弔之。其父曰、此何遽不為福乎。居數月、其馬將胡駿馬而帰。人皆賀之。其父曰、此何遽不為禍乎。家富良馬。其子好騎、墜而折其髀。人皆弔之。其父曰、此何遽不為福乎。居一年、胡人大入塞。丁壮者引弦而戦。近塞之人、死者十九。此獨以跛之故、父子相保。故福之為禍、禍之為福、化不可極、深不可測也。
辺境の砦の近くに、占いの術に長けた者がいた。ある時その人の馬が、どうしたことか北方の異民族の地へと逃げ出してしまった。人々が慰めると、その人は「これがどうして福とならないと言えようか」と言った。数ヶ月たった頃、その馬が異民族の地から駿馬を引き連れて帰って来た。人々がお祝いを言うと、その人は「これがどうして禍をもたらさないと言えようか」と言った。やがてその人の家には、良馬が増えた。その人の子供は乗馬を好むようになったが、馬から落ちて股の骨を折ってしまった。人々がお見舞いを述べると、その人は言った。「これがどうして福をもたらさないと言えよう」一年が過ぎる頃、砦に異民族が攻め寄せて来た。成人している男子は弓を引いて戦い、砦のそばに住んでいた者は、十人のうち九人までが戦死してしまった。その人の息子は足が不自由だったために戦争に駆り出されずにすみ、父とともに生きながらえる事ができた。このように、福は禍となり、禍は福となるという変化は深淵で、見極める事はできないのである。
133p×33.5p

慶応2年(1866)生〜昭和38年(1963)歿
制作年  昭和33年(1958) 93歳
 書家。三重県生。名は進、字は徳夫、別号は箕山。野田半谷に師事。詩は桜木春山・森槐南に学び、南画・篆刻を能くした。鈴鹿市の伊奈冨神社にある「獅子祭りの碑」を揮毫している。泰東書道院特別会員・興亜書道連盟総務。
 「九十三翁 塔南進」の下に、白文の「市川進印」、朱文の「革徐一點游雲慮」の落款印が押されている。


参考文献一覧      HOME