平井 東堂 ひらい とうどう
   

保和安慶
千秋萬春
保らぎ安じめでたく
それが千万年も変わらない
  高道素句
30.1p×134.7p

文化10年(1813)生〜明治5年(1872)歿
 江戸の人。名は俊章、幼名は清太郎、通称は修理、字は伯民、東堂と号した。
 津軽藩江戸留守居役で、詩文に長じ、沢田東里門下の能書家として知られた武人である。
 平井氏の祖は帰化明人の高壽覚で、次の高大誦が長崎で訳官として活躍して深見氏を名乗り、その子が高玄岱で深見新左衛門と言い、次の頤齋が平井氏を称し、その子が峨齋、その子が仙蔵、その子が東堂である。
 元治元年(1864)津軽承昭について上洛し、近衛公の前で席書した。維新後弘前に帰任し、門人を育成した。高山文堂はその高弟で神社の扁額、幟など揮毫が多い。
 「東堂平伯民書」の下に、朱文の「東堂」、白文の「緑坡醉人」の落款印が押されている。

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