山田 梅村 やまだ ばいそん
   

節傲峨眉絶頂
氷溽暑不消
品高昆岡千仞
玉纎塵弗染
節 傲ごる 峨嵋(=峨嵋山)絶頂
氷 溽暑(=蒸し暑さ)を消さず
品 高く 崑岡(=崑崙山)千仞
玉 纎塵を染め弗(ず)
135.2p×15.2p×2

文化13年(1816)生〜明治14年(1881)歿
 伊予の人。名は亥吉、字は乙生、号を梅村・三聖庵などと称した。高松藩儒山田鹿庭の次男で、家学を承け、幼少の頃、村尾呂谷から学問の手ほどきを受け、後に肥後の熊本に遊学した。
 江戸に出て昌平黌で学び、その後近藤篤山に経義を問い、広瀬淡窓に詩学を学び、十九歳で父の業を継いで高松藩に仕えて儒臣となった。後に息子を咸宜園に学ばせている。
 詩文・書画を善くした儒者である。梅村の名は、『志を嗣ぐ−後藤芝山から山田晋香』『香川県人物・人名事典』『香川県大百科事典』に掲載されており、付属高松小学校に建つ「大聖廟顕彰碑」と栗林公園の碑の石碑の文を作っている。
 著書に『三聖菴寿宴小録』(京都/志水茂助 発行 明治13.5)がある。
 「三聖庵主梅村」の下に、白文の「小田園主」と、同じく白文の「三聖庵」の落款印が押されている。

推奨サイト
http://www.library.pref.fukui.jp/books/nunokawa_bunko_mokuroku.html
http://www.daito.ac.jp/~oukodou/gallery/pic-708.html
http://www.daito.ac.jp/~oukodou/gallery/pic-1421.html
http://crd.ndl.go.jp/GENERAL/servlet/detail.reference?id=1000002811


参考文献一覧      HOME