秋月 橘門 あきづき きつもん
   

少酒纔期醉
玄談忘日移
老僧歸去路
擉有花雲隨
少しの酒 纔(=わずかな)期酔う
玄談 忘日移る
老僧 歸去の路
(=魚を突いて取る道具)有り 花雲隨う
28.5p×105.5p

文化6年(1809)生〜明治13年(1880)歿
 日向高鍋藩主秋月氏の支族の後裔。名は龍、又は之龍。字は伯起、通称は小粗、橘門と号した。
 16歳で広瀬淡窓の門に入ったが追放され、佐伯藩藩儒中島米華の家に寓した。更に亀井昭陽の塾で徂徠学を学び、後に備前に至って医学も学び、佐伯藩第十一代藩主毛利高泰の招聘に因り、藩校四教堂の教授となった。明治元年、鎮守府弁事となり、同年12月、葛飾県知事となった。詩文や書を善くし、和歌にも長じている。
 「得生老人」の下に、朱文の「秋月子」、白文の「劉伯起」の落款印が押されている。

推奨サイト
http://blogs.yahoo.co.jp/yuu_akuma_1105/13383118.html
http://pro.tok2.com/~watanabe/sikoudou/sikoudou/akiduki.html
http://www.daito.ac.jp/~oukodou/gallery/pic-615.html


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