柳田 正斎 やなぎだ しょうさい
   

進徳欲日新
 進徳は日新を欲する
109.5p×19.5p

寛政9年(1797)生〜明治21(1888)年9月30日歿
 下総国香取郡(佐原)の人で、名は貞亮、字は静俛、号を正齋と称した。柳田泰麓の父、柳田泰雲(1902-1990)の祖父にあたる。
 青年期に江戸の昌平黌で漢学を学んだ後に、独自に趙子昂や王羲之を研究して一家を成し、また剣術に長じて千葉周作と親交を結び、以来江戸お玉ヶ池のあたりに居を移した。
 儒学者、書道家として名を著した。八十歳代には盛んに書いたらしく、特に八十五歳頃の作品が多く残っている。著書に次のものがある。
 『今様かな消息』)は弘化4年(1847)の刊で、正斎が門下婦女子のために「俗ならす雅にあらぬ文章をあつめ」て編んだ女用文章をまとめたもの。「初はるの文」から「歳暮のふみ」までの四季女用文17通を収録する。文面には長短があり、第15状「霜月はかりに越の国にまかりける人の許よりの返し」などは従来の抽象的・形式的な文面に比べ、より具体的で実感のこもった例文になっている。例文を草書・大字・六行・無訓で綴る。なお、本書は明治13年(1880)に東京書肆・松崎半造によって再刊された。
 『行書 本朝三字経』は嘉永6年(1853)に大橋順蔵が著し、同年に大橋若水が編したものと、安政5年(1858)に大橋君美が編したものがあり、正斎が書している。他に『皇国府県藩名 習字』『小学習字本』などがある。
 「正齋貞亮」の左に、白文の「竹深處士」、朱文の「柳貞亮印」の落款印が押されている。

推奨サイト
http://www.manabou.jp/gakusho/museum.htm
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