物集 高見 もずめ たかみ
   

幾度か 今日もしぐれて 信楽の
さとはゆふべの 空となるけん
46.7p×179p

弘化4年5月28日(1847年7月10日)生〜昭和3年(1928)6月23日歿
 父は国学者の物集高世の長男として豊後国速見郡杵築北新町(大分県杵築市)に生まれる。幼名素太郎、後に善五郎と改める。鶯谷・菫園または埋書居士と号する。
 平田銕胤に国学を、神祇官職員の東条琴台に漢学を、近藤真琴に洋学を学ぶ。東京大学御用掛、東京師範学校(現筑波大学)御用掛などを経て、帝国大学(現東京大学)などの教授となる。大正7(1918)年、百科事典の先駆けである『広文庫』20巻を編纂し、国文学の発達に尽力する。他に多くの著書がある。國學院大學創立委員のひとり。

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