穂積 永機 ほづみ えいき1
   

聲に身の(=を) かく(隠)れて遠し 郭公(ほととぎす)  永機
15.6p×18p

文政6年10月10日(1823年11月12日)生〜明治37年1月10日(1904年2月25日)歿
 江戸後期から明治時代の俳人。江戸下谷御徒町の生まれ。名は善之(美之)、其角堂永機とも称す。
 榎本其角の流れに連なる江戸座系の俳人6代其角堂鼠肝の長男。俳諧を父に学び、明治3年(1870)に父から7世其角堂を継承した。嘉永5年(1852)寶晋斎を継ぎ、明治のはじめ三囲社に其角堂を建てて寓した。
 勝峯晋風『子規以前の明治俳諧』によれば、弟子の予雲に善哉庵を、三疑に雷柱子を嗣号させ、明治17年(1884)、正義、孝節、機月、素直、歩月、機一、莵好の新人を一時に立机させ、深川座の旧称を捨てて晋派または晋門と称した。
 晋門とは、芭蕉翁→晋其角の俳系で、老鼠肝→巽湖十→風湖十→黄湖十→昇江佐→螺鼠肝(六世其角堂)→永機(七世其角堂)の系譜を指す。
 明治20年(1887)其角堂号を門弟田辺機一に譲り、芝紅葉山を居とし、老鼠庵・阿心庵と号した。同年、芭蕉二百回忌法要を義仲寺で行い、その献句や歌仙をまとめて『元禄明治枯尾花』(1893)を出版した。
 全国各地を行脚し、門人千余人を数えた。
 編著に『俳諧自在』『其角全集』『芭蕉全集』『支考全集』『芭蕉十哲集』等の編著がある。

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