熊谷 直好 くまがい なおよし
   

ともし火は また夜を残す神垣に
朝まうてする かしは手のおと
灯火は まだ夜を残す神垣に
朝詣でする 柏手の音
6p×36.3p

天明2年2月8日(1782年3月21日)生〜文久2年8月8日(1862年9月1日)歿
 江戸時代後期の歌人で、周防国(山口県)岩国藩士。初名は信賢、通称は八十八・助左衛門、長春亭・軽舟亭・桃屋と号した。なお、平安時代末期の武将熊谷直実の24世と称した。
 16歳で香川景樹に和歌の添削を受け,19歳の時上洛して香川景樹に師事、桂門1000人中の筆頭と称された。香川景樹の桂園十哲の一人にも数えられ、木下幸文とともに桂園の双璧と称される。
 文政8年(182)香川家の扶持問題に絡んで脱藩している。京都に住んだが、その後大阪へ移った。弟子に間島冬道などがいる。
 歌集に『浦のしお貝』、著書に『梁塵後抄』『法曹至要抄註釈』『古今和歌集正義序註追考』などがある。

推奨サイト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E8%B0%B7%E7%9B%B4%E5%A5%BD
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/search.php?cndbn=%8CF%92J+%92%BC%8DD
https://kotobank.jp/word/%E7%86%8A%E8%B0%B7%E7%9B%B4%E5%A5%BD-16496
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/naoyosi.html


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