鏑木 雲潭 かぶらぎ うんたん
   

有竹有竹
效之三祝
片石徐風
隠以幽谷
米菴亥

墨竹図
有竹有竹
之は三祝に效く
片石 風を除き
以って幽谷(=奥深い谷)を隠す
 市河米庵
    (兄弟合作)   
鏑木雲潭作
引首印は朱文の「米庵」、「米菴亥」の下に朱文の「三亥」の落款印が押されている。
p×p

天明2年(1782年)生〜嘉永5年11月27日(1853年1月6日)歿
 江戸時代後期の南画家。江戸生。
 名は祥胤、字は三吉、初号は米蔵、別号は実斎・尚左堂と号した。通称は祥蔵。江戸の生まれ。
 市河寛斎の次男として生まれる。市河米庵は実兄。
 画を谷文晁に学び、大村藩御用絵師・鏑木梅渓(1750-1803 名を世胤。字君冑。長崎出身の画家で江戸へ移住し、芝浜松町に住んだ。)の養嗣子となった。自身も絵師として大村藩に仕える。
 文化年間には肥前大村藩主上総介純昌の招致により大村城下に赴任している。山水画・花鳥画を得意とし、詩賦点茶を好み、また月琴を能くし、鏑木流という一派を起した。
 子の梅亭(1804 ? 1830))・雲洞(1815- 1892)も画家。子の渓庵(1819 ? 1870)は明清楽の演奏家となっている。門弟に佐久間雲窓がいる。
 「雲潭」の左に、朱文の「」、同じく朱文の「三吉」の落款印が押されている。

推奨サイト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8F%91%E6%9C%A8%E9%9B%B2%E6%BD%AD
http://www.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko08/b08_a0234/
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