柴野 碧海 しばの へきかい
   

從他枉却一東風
猶有餘春在山中
爛漫路傍桃李樹
映来純向與能紅
吹笛嶺上
従他 枉却 一東風
猶(なお)有り余春 山中に在り
爛漫の路傍 桃李の樹
映来 純向 能く紅を与える

27.8p×129.4p

安永2年(1773)生〜天保6年7月16日(1835年8月10日)歿
 江戸時代後期の儒者。讃岐(香川県)出身。名は允升(さねのり)、字は応登・吉甫、号を碧海と称し、通称は平次郎。
 柴野栗山の弟貞穀の長男。弟方閑とともに伯父柴野栗山に京都で育てられる。天明8年(1788)栗山が幕府儒官に登用されると、あとを継ぎ阿波徳島藩の儒官となった。その後も引き続き江戸で栗山らに学び、長崎遊学ののち、享和元年(1801)国許に移り、以後藩の学問所で教授しつつ藩主一族の侍講を務めた。しばしば江戸藩邸にも勤務している。
 詩文に秀で、『枕上集』十巻が現存する。の寺島学問所で教えた。
 「碧海」の下に、朱文八卦印「升(坤巽)」の落款印が押されている。

推奨サイト
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