清原 宣明 きよはら のぶあき
   

濁酒一杯 弾琴一曲
文人の日常の最も楽しい時間は濁酒と琴である。
中国三国時代の魏の文人?康の「與山巨源絶交書」(山巨源に与へて絶交する書)に
「時々親舊と闊を叙して平生を陳説し、濁酒一杯、彈琴一曲、志意畢れり」
(時には親戚旧友と会って昔話に花を咲かせ、一杯のにごり酒、一曲の琴を弾き、それで私の願いは終わりだ)とある。
箱書には「金紫光禄太夫宣明卿書」、巻止めに「日本無双出世之人」とある。
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寛延3年(1750)生〜嘉永3年(1850)歿
 清原芝城は京の人で、名は宣明、号を芝城・北園などと称し、正三位 金紫光禄太夫 少納言の位に在った公卿で、著書に『女四書芸文図会』(天保6年)・『門跡伝』(弘化2年)・『鍾珠驚眼』(嘉永6年)等があり、大原 東野( 1771-1840)著『名数画譜』の序文を文化6年(1809)に書いている。
 狭山市の県指定文化財である「掘兼之井」に有る、天保13年(1842)に立てられた石碑には、宣明の七言絶句の漢詩が刻されている。
 「芝城清原宣明」の下に、白文の「芝城」、朱文の「清原明字愚傑」の落款印が押されている。

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