六如 慈周 りくにょ じしゅう1
   

春夜遊
東園上人房即時
相逢良夜更佳筵
輕暖輕寒花五天
淡月滿庭看不見
清光却在梨花邊
春夜遊ぶ
東園上人の房(=僧の住む家) 即時
相逢(=巡り合う)良夜(=月が明るく美しい夜) 更に佳筵(=良い場所)
軽暖軽寒 花は五天(=大空)
淡月(=おぼろ月)庭に満つるも 看るに見えず
清光(=すみきった月の光)(かえ)って在り 梨花(=梨の花)の辺
37.5p×18p

享保19年(1734)生〜享和元年3月16日(1801年4月28日)歿
 江戸時代中期の天台宗の僧侶、多くの漢詩を残している。父は医者・苗村介洞。字は六如。号は白楼・無着庵。近江国の出身。延享元年(1744)に出家、天台宗の観国大僧正に託される。宝暦7年(1757)には京都の善光寺の住持となり、やがて江戸の東叡山寛永寺にも住み、准三后一品法王の寵遇をうけて一時はその顧問を勤めた。天台僧としては地位が高く、仏典にもかなりよく通じていた。
 幼い頃から学問を好み、近江彦根の野村東皐に詩文を学び、のち江戸に出て、宮瀬龍門に師事した。江戸明静院に居住し、井上金峨らと交流している。若い時には京都で伊藤東涯に学んだこともあるという。
 晩年には京都に落ち着いて、嵯峨の長床坊に隠棲して諸名流と詩社を結び、宋詩唱導の先駆者となり、更に日本の和歌や俳諧と接近して、詩的感性の等価現象を示し、詩風の革新に務め、近世における詩壇の宗匠と評された。
 「六如慈周」の落款のみで、落款印は押されていない。

推奨サイト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%85%88%E5%91%A8
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http://www.ic.daito.ac.jp/~oukodou/gallery/pic-2868.html


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