瀧 和亭 たき かてい
   

花卉図
34p×133p

天保3年1月3日(新暦 1832年2月4日)生〜明治34年(1901年)9月28日歿
 本姓は田中。幼名長吉、邦之助。名は謙、字は子直。別号は水山、翠山、蘭田。幼少期に佐藤翠崖に学んだのを手始めに、荒木寛快、片桐桐陰に師事して南北合派を、さらに大岡雲峰・鉄翁祖門に明清画を学ぶ。また清人陳逸舟、華昆田らとも交わる。維新後は東京に戻り、明治26年(1893)帝室技芸員となる。
 内国勧業博覧会で花紋三等賞牌(第1回)、妙技二等賞(第2回)をそれぞれ受賞。日本美術協会の設立にも参画、明治期の代表的な花鳥画家として活躍した。
 美術史家で美術雑誌『国華』の主幹瀧精一(1873〜1945)の父であり、宝竜寺金堂壁画模写に当った荒井寛方の師でもある。
 「和亭主人席毫」の下に、白文の「蘭田耕香」、朱文瓦当印の「和亭主人」の落款印が押されている。

推奨サイト
http://db.am.geidai.ac.jp/person.cgi?id=458
http://www.akanegarou.com/cgi-bin/index_j/aknsrch_j.cgi?sel1=%91%EA%98a%92%E0&sel2=words
http://www2u.biglobe.ne.jp/~taniguti/B-587j.htm


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