基 本 点 画

 九成宮醴泉銘は、「楷書の極則」と言われています。風骨の柔らかさ、精神の明朗さが感じられ、その清らかで潤いのある美しさは他に例を見ないものです。字は少し縦長で、そこに爽やかさを感じ、一字一字よく纏まっています。そして内部から盛り上がるような力感が表現されています。これは、中央部を引き締めて上下に開いた形、背勢による効果です。しかし、臨書する場合、ただ引き締めただけでは狭苦しく、固くなって萎縮していまいます。九成宮醴泉銘はそんな感じは一切あたえません。それは、どの点画の配置にも綿密な計画に基づいた工夫が凝らされ、背勢による緊縮感を開放させているからです。それでは、この引き締まっているのにゆったり見える要因を、一点一画を分解して分析することで、解明してみましょう。

・横 画

露鋒

 露鋒とは、王羲之の『論書』に「毫露われて浮怯ならしむ無かれ」「十蔵五出、十起五伏方に書と謂うべし」とあるように、起筆の部分に筆先の尖りを見せたものを言います。

蔵鋒

 蔵鋒とは、姜『続書譜』用筆の条に「屋漏痕とは其の横直(ひと)しくして鋒を蔵せんことを欲するなり」「筆正(直筆)しければ鋒蔵(かく)れ」とあるように、起筆部分の筆先の尖りを画中に包み、外にあらわさないものを言います。
 九成宮醴泉銘には、この両方が使われています。しかし、前述したように、拓本によっても異なりますから、一概には言えません。あるいは全てが露鋒なのかもしれません。
 また蔵鋒についての説の一つに「力を蔵して点画の内に在らしめ外圭角を露わさず」とあり、力を内に蔵して、沈着紙背に徹することだと説明するものがあります。とすれば、九成宮醴泉銘はすべて蔵鋒で書かれているとも言えます。
 もうひとつ注目すべきは、中程がえぐられているような鋭い横画が随所に見られることです。これは縦画のみに背勢の要因があるのではなく、横画にもそれが見られます。

短い横画1

 背勢によって引き締まっているのに、ゆったりと見える要因として、短い横画があげられます。「誠」の言偏などは、短くあまり表情もなく書かれていますが、右側の終筆の位置は縦の直線上に揃えられ、偏と旁との間を少しでも開けて、懐を広くするための極限の位置を定めています。この作用によって戈の長さもより引き立って見えます。

短い横画2

 「功」の第一画は極端に吊り上がっています。これも同じく懐を広く見せる効果を上げています。これより右上にしたら横画とならず、水平にすれば偏と旁の間が狭く見えます。左右の点画を内へ絞り込んでいるため、それを補う工夫がここに見られます。とかく背勢になっている縦画が目につきますが、横画の長さや位置にって、文字を大きくゆったりと見せているところを見落とさないよう心掛けましょう。