書 の 特 徴 

 九成宮醴泉銘は、謹厳で均整な形を持ち、鋭い線で構成されていますので、臨書する際、形ばかりに捉われると、とかく平板でマジックで書いたようになり、堅苦しく懐の狭いものになり、単調で情緒を失ないがちです。ここに入り込むと、なかなか抜け出られなくなります。これを補うためには、形の奥にある内容的な部分の臨書を試みる必要があります。
 九成宮醴泉銘の特徴・素晴らしさは、楷書の極則とまで言われるだけあって、端正で整斉な緊張した美しさを持っています。この書を創作に結びつけるためには、その特長をどう生かすかが課題です。具体化するプロセスの中で、動機・着想・造形・構想・技術・用材などが総合的に秩序立てられてイメージの定着を計る訳です。九成宮醴泉銘を鑑賞し臨書する中から発想して、製作する中でこの書との関連を考え、特質を生かしながら結合させていくことが創作する内容でもあります。
 九成宮醴泉銘をベースとした創作では、形の点画を離し、間を取り、空間を生かして、線に筆意を働かせ、情味を加えながら臨書する必要があります。特に行間を充分にとり、空間を書くことを心掛けましょう。

・章 法(全体の構成)

 臨書研究に際して、一点一画、さらに筆使いの細部にわたって分析することは大切なことです。しかし同時に、全体の感じをしっかりつかんでおくことも忘れてはなりません。
 さて、文字は周囲にその勢力範囲とでもいうべき余白を必要とします。この勢力範囲を字野と呼びます。字野はその文字の力強さによって、あるいは文字の組み立て方によっても、広くも狭くもなります。何文字か書く場合、それぞれの字野が重なると、点画そのもの、文字そのものは重なっていなくても、何となく窮屈な感じがします。逆に字野の広さ以上に広く間を空けると充実感がなくなってしまいます。
 九成宮醴泉銘の字形は、組み立て方が引き締まっているので、字野を広くしないと狭苦しく感じます。原碑に見られるように、広い余白を文字の周囲に持った並べ方が最適と言えます。反対に、顔真卿の楷書などは、文字の内部に広々とした余白を持たしています。この場合には広い字野を必要としません。そこで、何文字か書く場合でも、詰めて書いても見苦しくなりません。

・結体法(一字の構成)

 結字の要諦は、堯完白が「密処は風も透さず、疎処は馬をも走らすべし」と言っている通りですが、九成宮醴泉銘はそれを完全に実行しています。

外 形

 九成宮醴泉銘の文字は一般的にやや縦長で、そそり立った感じがします。確かに「動」「臨」では、偏と旁が接近して縦長になっています。しかし、「觀」「鏡」では、縦横同寸で正方形に書かれています。一見縦長に見えるのは、偏か旁かのどちらかがそびえ立っているためです。また、「靈」「炎」などでは重畳法が使われ、右上がりに見せています。こうした効果により、九成宮醴泉銘の文字は一般的にやや縦長に見える訳です。

背 勢

 九成宮醴泉銘は背勢で書かれていると言われます。確かに「西」の両外の縦画などは背勢で書かれています。しかし、字形を背勢に取るということは緊張感を出すには適していまが、ただ引き締めるだけでは、狭苦しく、固くなって、萎縮したものになりやすいものです。その欠点をカバーするために、様々な工夫がなされています。
 「閣」「閑」「丹」などは、縦画の外側は背勢ですが、内側は直勢で真っ直ぐに書かれています。

長画の効果

 九成宮醴泉銘の結体は綿密で、ゆとりが少なく、胴体部を小さくしています。そこで手足にあたる長い画を強調させて字野を広くしています。これが同時に内部の緊張感を解放させています。「紫」「城」などのように上に突き出すものと、「五」「元」などのように右へ長く伸びるものがあります。また、左右の払いや、「帝」「霞」のように冠の横画などにも強調された長画が見られます。

右への広がり

 楷書は右上がりの体勢をとるので、文字の中心線から左側は右側に比べ狭く、点画が密となり、右側は広く疎となります。この例として上に掲げましたが、「終」では最後の点がバランスを保ちつつ緊張感を解放する役目を果たしています。

付かず離れずの点画

 「縣」「醴」の目部の中の二画に注目してください。「縣」のように、二画の左右両端が縦画に付いて空間を閉じてしまうと、上下に分けられた余白は力の対立が厳しくなり、画が沈んでしまいます。「醴」では、縦画に拘束されることなく、独立した筆画となり、動きさえも感じます。このように三つの余白が分断されず繋がってていると、空間の比率に多少の違いがあっても、整正の美を損なうことはありません。九成宮醴泉銘では、点画の組み立てをぴったり付けずに離しているところが非常に多く見られます。これは狭苦しい感じを救うのに大いに役立っています。 例えば、口部は、上部が広く下部が狭い逆台形に書かれています。しかし、内側の余白は矩形になっています。日部では、横広の形を取っている場合は縦画を内側に傾け、縦長の場合は、その縦画を垂直に書いています。
 確かに、点画を離すことにより個々の点画は存在感をより主張することができます。しかし、離し過ぎると相互の点画の統合性が余白によって断ち切られてしまうのであまり離し過ぎてもいけません。"付かず離れずの関係"が重要なポイントとなります。九成宮醴泉銘を習う時は、字中の点画が互いにどのような関係で組み合わされているか、特に、付いているか離れているかを良く観察することが大切です。