運筆の原理

 楷書の運筆原理は、松本芳翠先生が唱えられた平筆(ひらふで)が最も適切だと考えます。平筆とは、平べったいマジックをイメージしてください。
 この平筆は、横に使えば細い線、縦に使えば太い線が書けます。しかし、おなじ太さの線を書こうとすると一筆ごとに向きを変えなくてはなりません。そこで45°の角度で構えて書く工夫がなされます。
 平筆で細い線ばかりの文字を作る方法が「円筆法」、平筆で太い線ばかりの文字を作る方法が「方筆法」です。円筆法とは、直筆(筆管を真直に持って書く)で書く方法で、筆先が点画のセンターを通るため、線は丸みを帯びて重厚で、温雅な情味を感じさせます。主に篆書を書くのに使います。
 また、方筆法とは、筆先が点画の上または左横を通り、筆の表裏がはっきりと表れ、角張った感じで、特に転折の部分などかっちりと折れまがったような筆使いになります。
 そして平筆の向きを変えることなく縦横共に同じ太さの線の文字を作る方法は、楷書以下行草にも応用される用筆法で、他の何れの用筆法に比較しても一段と進歩した無理のない筆使いです。
 平筆的用筆法は線に表裏のあらわれることや、線の性情から見て方筆なことは勿論ですが、極端な方筆ではなく、むしろ円筆との中間をゆくもので、これこそ真の中鋒といえます。
 この平筆的執筆法における起筆(点画の書き始め)は、すべて筆を打ち込む角度が原則として45°になります。この45°の三角形は、横画・縦画・左払い・右払いなど、すべての起筆となります。
 筆には、筆先(先端部分)と、腹(筆の中間部分)があります。筆先側の線を「表」と呼び、腹側の線を「裏」と言って、運筆上の区別をつけているのです。
 楷書の運筆法は、筆の表裏が点画一つ一つにしっかり表れていますので、篆書のように筆先が常にセンターを通るものと比べると、とりわけ線に表情が出てきます。
 この表裏をよりはっきり書きあらわすために、「筆を磨ぐ」ことを勧めます。墨汁を含ませた毛筆は円錐形に尖っていますが、紙上に線を引いてみると、毛先が紙面に直角にあたっていることはなくて、常に横倒しになって紙面に接しています。細長い形をした筆の毛先が横倒しになりますから、その形は平筆を紙面に着けた時と同じ形になります。
 円錐形に整えた筆を下ろすと、筆先は曲がります。その状態で書き続けるわけで、とすれば最初の起筆の部分だけが異質になります。そこで最初から硯の面で整えておいたほうがベターな訳です。その整え方を、筆を磨ぐといいます。
 筆を磨ぐには、円錐形の筆先をやや湾曲させ、その下部の左右を削り、刀の切先のように整えます。この状態で45°に打ち込みます。まさに、平筆と同じ原理で円形の筆が使用できます。ただこの方法に問題がない訳ではありません。確かに、筆を磨ぐと切れ味の良い線にはなりますが、逆に偏平で薄っぺらな、ポキッと折れてしまうような線になってしまいます。シャープさに重厚な味を加味した、含みのある味のある線が書きたいものです