元宝月墓誌

 孝王元宝月は、あざなを子煥といい、河南洛陽の人です。高祖孝文帝の孫にあたり、孝文帝の子の京兆王愉の子供です。
 正光5年(524)5月25日、23歳で亡くなり、使持節・都督・秦州諸軍事・平西将軍・秦州刺史を贈られました。
 この墓誌は、翌年の孝昌元年12月に埋葬された折のものです。書は、方形で、ややごつい感じがします。それでいて、南朝の影響を随所に感じます。やがて隋へと移行する過度期的な、先駆をなす書といえます。