元嵩墓誌

 元高は、元澄の弟で、あざなは道岳、司州河南洛陽文始里の人です。北魏の景穆帝の孫で、任城康王雲の次男にあたります。元嵩は、孝文帝の南伐に加わり、梁の武将陳顕達を破りました。この功績により、高平県侯の爵位を賜りました。宣武帝のとき、荊・恒・徐・揚などの州刺史を歴任しました。そして梁軍を破り、その威名がとどろきました。正始4年(507)3月、39歳で亡くなり、剛と諡されました。
 書は典型的な北朝書ですが、《元澄妃李氏墓誌》に比べ、ゆったりとして伸びやかで、気品の高い書といえます。