三墳記碑

 三墳記とは、李曜卿以下3兄弟の墓のことを記したものです。亡くなった3兄弟の末弟の季卿の撰文で、季卿の甥の李陽冰が篆書で書いています。
 李陽冰の篆書は、慎重にゆっくりと、しかも堂々と筆を押し出しています。そこに円い線あるいは縦横画などの、ゆるみのない線が作り上げられています。さらに曲直を巧みに調和させることによって、均整のとれた文字が構成されています。太さに変化をつけない点画が、やや無表情ながら、浮き出るように見えてきます。全体から受ける感じは、飾り気のない淡々とした爽やかさの中に、行き届いた沈着な筆使いで、無機的な線の均衡を感じます。
 この碑は、重刻だとか、改ざんの痕があるとかいう説もありますが、原石だとの説もあります。いずれにせよ、李陽冰の篆書は、いわば「静」の極致といえます。行草書を「動」とすれば、この篆書は「静」、最も中国的な書の境地です。以前経験した中国での書会、あるいは台湾での詩会で、中国の諸先生がゆったりとした運筆で、自然体で書と一体化していたのを思い出します。この「静」の境地こそ、中国の書の美を支える一要因であり、それはまた中国の長い歴史によって育まれてきた民族性なのか、と想いを馳せます。